母が脳梗塞の手術が終わってから会えない期間が長かったけど、予約転院することになり介護タクシーに同乗して話すことができた。
本人はなぜ病院にいるのかが理解できていいない。
左半身は動かない。
左目も見えない。
だから、右にいないと私を認識できない。
「家に帰るのか?」と聞いてきたから、「別の病院に行くよ」というと怒り出した。
「私を家に帰せ」
というから、
「家に帰るために病院に行くんだよ」と説明したら
納得したみたい。
「なんで一人しか来てないの?」
「あのね。このタクシーには二人までしか乗れないのだよ」と説明する。
すると
「観光バスで来ればよかっただろ」と言い出すからややこしい。
でも、会話が少しできているから安心した。
左の脳に血液が流れていなかったから、相当なダメージだ。
障害は重度障害となり、自宅に帰るのは極めて厳しい。
「菊の花はまだ咲いているか」と聞く。さらに「チビは元気にしてるか?
」と聞き出す。
チビとは数年前に死んだ猫のことだ。
アメリカンショートヘアの野良猫だった。
気性の激しい猫だったが、なぜか母にだけは懐いた。
「チビに餌を与えるのを忘れるな」と言い出すのだ。
記憶の混乱が起きている。
我が家の最大のお荷物は自立できていない親父だ。
この電話攻撃が凄すぎて専門医の診断を受けさせ、さらに深層心理のテストをしなければいけなくなった。
はっきり言って、ガキに帰った感じだ。
「銀行の通帳は俺しか引き出せなくしたからな」と親父がいうから「どーぞ。その代わりお父さんが入院したらお金はれえませんから、そのまま死んでくださいね」
と娘から最後通告を受けたら我に帰った。
ボケ老人と認定されると自分でお金を引き出せないと思っているらしい。
「お父さんの入院代は私は払いませんからね」
と言ったら泣き出すのだ。
老人を鍛えるしかないな。
「自分でやったことは自分で解決してください」と言って実家を出たのだ。
そのことも母に伝えた。
「あのバカは死なないとわからないだろうね」と母が笑い出すが、笑い事ではない。
毎日電話攻撃がくる私の身になって欲しい。
ようやく今日から仕事ができるようになった感じだな。
さて、40日間の空白を埋めるには、睡眠時間、家事を含めた10時間以外は、全て仕事に費やさないといけない。
必死になって仕事をすることにする。
久々に淑子にあって、仕事の進捗を聞き二人のスタッフとも久々に対面。
仕事モードに突入することができるだろうか。
しばらくは月月火水木金金になることは覚悟の上だ。
適当に息を抜きながらやるしかないな。
そう思っていると淑子から警告がきた。
「あのさ、無理に働かないでね。1日8時間以上の仕事は禁止だよ。いつ、お母さんの容態が急変するかわからないからね。あなたがへたっていたら、何もできないよ」
確かに。
焦る気持ちを抑えながら、静かに必死に仕事をしようと思った。
久々にみんなで鮨を食べに行った。
留守の間、必死に仕事をやってくれた3人に感謝。
「年末恒例の忘年会はやるからね。やらないと私が滅入るから」
「楽しみにしてます」
とスタッフに言われてホッとした。