慶應病院に入院する知人の見舞いに行った。
慶應病院だからさぞかし近代的な病院だと思ったら、野戦病院のようだった。
これが本当の病院なんだろうか?
見舞いに行ったのは最初に就職した会社の上司で、社会人として初めての上司だった。
人間ドックで癌が見つかり手術して成功したと聞いた。
元同僚からのメールで「会いたがっていたよ」と言われて久々に会いに行った。
新館と旧館があるが正面にあるのが旧館でこれまたひどく古い。
まるでハリボテのようなボロボロ病院なんだけど、通路を抜けると新しい病棟が現れた。
老人の多いこと。
高齢化社会であることがよくわかるし、これが私たちの未来の姿なのだなと感じながら病室に向かった。
面会に何を見舞いとして持って行こうかと考えたが、ろくな飯を食べてないだろうと思って極上のお煎餅にした。
これが良かったみたい。
手術後も元気で「やだー!久しぶり」と声をかけてくれた先輩は、独身。仕事のし過ぎか婚期を逃したのか?
60歳を超えても超綺麗。
「ねえ、誰に聞いたの?」
「風の便りで」
「あなたも、大人になったわね」
と言われ見舞金とお土産のネギ味噌せんべいを渡したら、すごく喜んでいた。
どうも塩気のない食事にうんざりしているみたいだ。
「さすが。よくわかっている。成城石井で売ってるネギ味噌せんべいは最高よね」といい早速食べる先輩。
「この味が欲しかったのよ。朝はトーストにジャムでしょ。しかも、コーヒーなし。1階のスターバックスに行くのが楽しみなの」
「カプチーノ買ってきました」と渡したら「あんたはわかってる」とこれまた喜んでくれた。
「結婚したの?」
「まだです」
「彼はいるの?」
「いえ、今は友達ですね」
「できるなら、20代でママになりなさいよ。私みたいに枯れ木になってからでは遅いから」
「何言ってます?相変わらずお綺麗ですよ」
60歳近いけど全く太ってない。肌は絶好調。脚線美は完璧。なれども、独身。
「あのね。退院したら食事に行こうよ」
「喜んでお供します」
「隠れ家があるのよ。誰にも教えていないフレンチ。会員制だから」
「高そうですね」
「それが安いのよ。ただし、メニューはなくてね。出された料理を全部食べることが会員への条件」
「好き嫌いは言わせなのですね」
「偏食の人は無理ね」
「好き嫌いありませんから。新入社員の時に先輩に言われた言葉を今でも覚えています。食事で好き嫌いいう人は、人を好き嫌いで差別するから使えない人間になると」
「よく覚えているわね」
とカプチーノにネギ味噌煎餅を食べながら、話が盛り上がった。
病室で3時間も話していたのに気がつかなかった。
夕食がやってきた。
「では、また来ます」
「新しい会社でいろんな仕事に挑戦してね。仕事人間にならないでね。たまには遊んでよ。私と」
とにこやかに笑って病室を去った。
そして、考えた。
初めての女性部長で、初めての女性局次長だった。
局長は間違いないと言われていたけど、子宮癌が見つかり手術した。
なんで結婚しなかったのかな?
家に帰ってから、新人時代の日記を読んでみた。
その中に、先輩の言葉が記されていた。
「寝てる社員は時の流れが早く感じで、何も生み出さない。新しいことにチャレンジしている人は、苦しく時の流れが止まったように感じ、もがく。その苦しさを超えたものだけが、勝利をつかむ」
勝利ってなんだろう?
家でビール飲みながら考えたけど、答えが見つからなかった。